8月は二回しかブログ書いてないじゃないか!
9月はもう少し頑張って書こう~。
今月はちょいちょい小説やら文章を載せていこう。
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『ひねくれ者の悪役』
長所や短所を書いたり聞かれたりする機会が、人生の中で何度かあると思うけれど、そのときによく『人から言われた事でもいいですよ』と言われることがある。
長所として言われるのは『優しい』
短所として言われるのは『八方美人』『いい顔しい』『嘘つき』
不思議なもので、『優しい』というのは、簡単に『裏切り者』に変わる。
学生の時からそうだ。
『裏切り者』『嘘つき』
私は別に優しい訳じゃない。
相手が嫌な気分になることをわざわざ言わないだけだ。
話は聞く。真剣に心配する。
真剣にひとつひとつ相手の事を考える。
気づくと一部の友人たちは依存する。
依存されると次にくるのは『裏切り者』のレッテルである。
どんなにこちらが大事に思っていても、自分を一番に考えて欲しい人たちには何故か届かないのである。
大事に思っていたのに、だ。
勘違いが生じる。だが、私の言い分は信じてもらえない。
それはこの歳になっても、未だに変わらない。
さすがに学生の頃みたいに、そこからいじめに発展したりもしないが。
しかし、大事に思って仲良くしていた人たちから、特になにもしていなくても『悪者』にされるのだ。
なんでそういう人たちに好かれるのか。
理由は一つだけ。
『優しい』からだ。
そして何故裏切り者になるのか。
こちらも理由は一つだけ。
『みんなに優しいから』だ。
一体私は、この人生で何人の人たちの『悪者』になって、何人の人たちを『裏切ってきた』のだろうね。
でも、彼女たちの中では、私は裏切り者なのだから、『傷つけた』という事実は残るのだ。
それは相手が思っていたとしたら事実になる。
人と深く関わりたくないのに、私はすぐに人を信じる。
すぐに人を心配する。
私は人間が嫌いだが、
おそらく私は人間が好きなのだ。
いや、好きなのではない。
寂しがりなのだ、私は。
いつも誰かが側にいて欲しい。
嫌われたくない。
だから相手が望む言葉を探す。
これは性分だから、しょうがない。
だから私はおそらく死ぬまで、沢山の『悪者』になって行く。
本当に優しい人たちから見たら、私はとてつもなくニヤけた顔をして、媚を売っている恐ろしい人間なのだろう。
だが、本当に優しい人たちは、そんな私にさえ優しい言葉をかけてくれる。
そうすると私はまた、調子に乗るのだ。
私はひねくれ者だ。
傲慢で、寂しがり屋の、お調子者だ。
気づけば周りには、私しかいなかった。
ここは地獄かと問うと、そうでもないと答えた。
答えたのは私だ。
私は知っているのかと問うと、知っていると答えた。
私は独りかと問うと、そうでもないと答えた。
そうでもないはずが無いだろうと言うと、私はひねくれものだねと言う。
これは夢かと問うと、そうでもないと、答えた。
おしまい